ワールド・レポート その8

北朝鮮は、国際的孤立を招いても、なぜ核とミサイルの挑発を続けるのか
もう一度、落ち着いて、冷静に打開策を考える必要がある

先に結論を言えば、答えは、アメリカを交渉テーブルに付かせ、金正恩体制承認の上で平和条約(講和条約)を結びたいからである。

朝鮮戦争(1950-1953年)は休戦協定であって戦争は終結していない。休戦協定の当事者は北朝鮮、そして100万の軍隊を送り支援した中国、それとアメリカである。韓国は当時の大統領であった李承晩が反対し署名していない。したがつて北朝鮮としては戦争状態を終わらせるためにはどうしてもアメリカと交渉しなければならない。
金日成時代に何回も南北平和統一の提案がなされた。また韓国が民主化され以降は、金大中政権などからも「太陽政策」等も行われ、南北和解の取り組みも進められたが、休戦を終戦に替え、平和条約(講和条約)を締結するには至っていない。アメリカは、様々な理由を述べて北朝鮮との直接交渉には応じてこなかった。この点ではアメリカにも大きな責任がある。と言うか南北朝鮮の緊張をあおり韓国や日本の軍事態勢づくり(武器輸出を含め)に利用してきた面もあると推察される。

北朝鮮は、韓国に対して様々な政治・経済・文的提案をするとともに、軍事的挑発行動でアメリカをテーブルに付かそうとしてきた。しかし今や北朝鮮と韓国の経済的、軍事的差はいかんともしがたく、通常兵器の装備水準の決定的差、戦争勃発に際して戦車や航空機を動かすガソリンなどの備蓄がなく3日も持たないと言われている。そうした状況のもと北朝鮮は核兵器とミサイルに絞って開発を進め、挑発し、なんとかアメリカをテーブルに付かせ金正恩体制の承認の上に立って講和条約を結ばせようとしている。

私は予てからアメリカは北朝鮮との直接交渉にも応ずるべきであると主張してきたが、アメリカはそうはしてこなかった。それどころか韓国との合同軍事演習として米軍1万4千名、韓国軍30万人規模の合同軍事演習を行ってきた。その中では「斬首作戦」と称してアルカイダのビンラディンを殺害した時と同じやり方で、金正恩に狙いを定めて攻撃し殺す作戦訓練も公然と実施されている。中国の王毅外務大臣が「アメリカは挑発を止めるべきだ、平和的解決を探れ」という主張はその限りでは正しい。金正恩が恐怖に駆られていることは想像に難くなく、ますますの挑発行動を誘引している。その限りでは太平洋戦争の末期に日本政府が「天皇制の存続が保障されない限り終戦に応じられない」として特攻作戦や沖縄捨て石作戦を実施したのとよく似ている。

中国は北朝鮮の貿易の9割以上を占めている。まさに生殺与奪権を握っているので北朝鮮に最も圧力をかける力を持っている。その点で中国の責任は極めて大きい。にもかかわらず中国が北朝鮮の暴挙に対して決定的な行動に打って出ないのはなぜか。中国は北朝鮮を緩衝地帯と位置づけており、その崩壊を恐れているからである。なお中国と韓国の間では数年前の事であるが、北朝鮮が崩壊した時は、北の統治権は韓国に任せる。ただし38度線以北に米軍の配置は行わせないとの二点で合意し文書で交わしている。また中国と北朝鮮の国境(鴨緑江)の北側に昨年来大規模な難民収容所が何か所も建設され、崩壊に際しての混乱を最小限にとどめようとする取り組みも行われている。

北朝鮮などが核兵器の開発しそれを運ぶミサイルを開発し挑発することはを許されない。しかしアメリカなどの根拠は核兵器の残虐性からの否定ではなく、核保有国として認められているアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス以外の国は核兵器を持ってはならないとする核不拡散条約を根拠とするもので、大国のエゴであって正義に基づく主張・行動ではない。またこれらの国は核兵器を相手国に運び落とす大陸間弾道弾などのミサイルも持っている。アメリカなどが自ら核兵器の禁止・廃絶へ進めない限り本当の説得力はないし、北朝鮮は、それを批判している。しかもアメリカなどは様々な思惑からインド、イスラエル、パキスタンの核開発と所有を黙認してきたのであるからなおさらである。

オバマ政権は「核兵器の廃絶へ進まない限り交渉に応じられない」としてきた。しかし結果的には、その間に核兵器とミサイル開発は格段に向上し実用に耐える水準までに達した。北朝鮮が核兵器を数発所持していること、それを飛ばせることができるミサイル開発にも成功したことも間違ないと推察される。
そういう点ではアメリカが直接交渉テーブルに付くことを含めて、もっと大胆な講和条約締結への取り組みが必要であると考える。しかしアメリカの軍部内部では「もはや核とミサイルの基地を直接叩くべき」だとの主張も出ているし、日本において、それに同調する雰囲気も作られている。金正男殺害を巡る過剰なほどの報道もその一環だと思われる。暗殺が許されないことは当然である。しかしプーチンを批判する人物がロンドンで放射性物質による毒殺されたことは周知の事実である。プーチンとは交渉するが金正恩とは交渉しないというのは現実的政治的判断ではない。

イラクやアフガンのように軍事攻撃し、フセインやビンラディンのように金正恩を殺害し、北朝鮮を崩壊させてどうするのか。数百万単位で鴨緑江を越えて中国へ、38度線を越えて韓国へ、そして帰国運動で北朝鮮へ渡った10万人の関係者達が親類を頼って大阪を中心に日本へ来るだろう。また北朝鮮政府によってロシア、モンゴル、中東、東南アジアに出稼ぎに派遣されている人々が当地でのつながりを頼って難民化するだろう。シリアへの爆撃が今日のヨーロッパの難民問題の引き金になったことと同じことが起こるだろう。中国に大量の朝鮮人難民が入り、それに対して中国政府が弾圧的態度を取れば国際的批判を受ける。人権を尊重した対応すればウイグル族やチベット族から「我々にも」という声が起こり中国を揺るがす大問題になるだろう。

金正恩が悪いことは明確である。しかしそのことと無責任な軍事論を展開することとは別である。今の韓国(5000万人)に北朝鮮(2000万人、国民一人当たりの所得は1/20)を抱える力はない。平和条約締結によって終戦とし、軍事的緊張を解き、当面は二つの国による連邦制によってゆっくりと再建していくしかないだろう。もう一度、冷静に問題の所在がどこにあるのか、どうしたら打開できるのかを考えて対策を立てる必要があると考える。