アリババは中国の製造業を滅ぼすか
2016年師走、中国製造業の代表企業のトップたちが中央テレビの番組で、馬雲氏が率いる中国トップクラスのインターネット企業アリババを批判したことが波紋を呼んでいた。アリババ傘下のショッピングのWebサイトである「天猫」(Tモール)と「淘宝網」(タオバオワン)の成長は、中国の製造業を滅ぼす結果をもたらすという議論が一段と熱を帯びることになった。
しかし、アリババはすでに小売業界における売上高世界1位、ブランド力世界2位まで成長してきた世界でも有数な企業である。なぜ、中国の製造業企業のトップに一斉批判されなければならないのだろうか。ここで、中国の電子商取引の状況とアリババの経営方針を整理し、その批判が的中しているかどうか見ていく。
1 中国の電子商取引(B2C)の急成長
2000年以降、中国における企業と一般消費者の間での電子商取引(B2C)は短い黎明期を経て、2008年の売上規模は1兆元を突破してから急速に成長しており2016年では5兆元を超えた。2008年では、B2Cの売上規模は同年全中国の小売規模の1%しかなかったが、2016年ではすでに同15%以上を占めている。数字から見ても、中国のB2Cはすでに無視できない存在となっている。
図1 中国の小売総額とB2C売上が中国小売総額で占める比率
ソース:国家統計局
また、2016年6月末現在、中国のインターネットユーザー数は7億人を超えて、インターネットの普及率は51%を超えた。そのうち、スマホのインターネットユーザー数は6.6億人に達しており、インターネットユーザー数の92%を占めている。スマホの利便性のおかげで、中国インターネットユーザーのインターネットを利用する時間は平均毎日3.8時間も達している。なお、中国のインターネットでショッピングをする人の比率は全体の63%で、多くの中国人がインターネットショッピングに慣れており、さらに積極的に利用する見込みだ。
図2 中国インターネットのユーザー数と普及率
ソース:国家統計局
さらに、B2C業界におけるトップ6社は90%のシェアを占めており、トップ2社は80%以上のシェアを取っており、業界最大手の1社は57%のシェアを持っている。このことからも分かるように、中国のB2C業界は非常に集中しており、上位数社、とりわけ最大手企業の影響力は非常に大きい。その最大手企業はほかならぬアリババであった。
図3 中国の主なB2C企業の市場占有率
ソース:智研諮訊「2017-2022中国電子商務市場投資戦略レポート」
2 アリババの影響力
アリババは英語教師であった馬雲氏が1999年に創立した電子商取引を運営する企業で、いまはインターネット関連、金融を含めたグループ企業となったが、最も影響力を持っている分野は消費者向け電子商取引・Webサイト「淘宝網」上級版の「天猫」(Tモール)である。
2016年3月期淘宝網と天猫の売上高は3万億元を超え、中国全国の小売高の10%弱を占めている。また、この販売規模から、すでに米ウォルマート、米コストコ、仏カルフールを上回り、世界最大の小売企業・流通企業となった。淘宝網がスタートしたのは2003年なので、つまり10年余りで、世界の頂点に上り詰めたことだ。ここまで成長してきたのは、もちろん馬氏の天才的な経営能力によるところが大きいが、それだけではない。中国の消費環境や消費心理などと大きく関わっている。
11月11日は4つの1が並んでいるので、独身の象徴とされて、若者の間で「独身者の日」と呼ばれている。アリババがそのつまらない日をビジネス・チャンスととらえて、傘下の電子商取引・WebサイトであるTモールで半額セールを行い、一日の売上高が過去最高の5200万元を記録した。それ以来、毎年11月11日はアリババはダブル11の半額セールの大きなキャンペーンを繰り広げるようになり、今や中国全土ネット・ショッピングのお祭り騒ぎの日となった。しかし、そこのポイントはやはり「半額」セールだ。この「半額」セール政策は出店者の利益を限りなく圧縮していた。
中国では専業主婦が殆ど存在していない、失業者を除けば、大体仕事をしている。従って、実際の店にいく時間が限られている。ネットショッピングはその時間の制限がなく、スマホでも商品を選び、購入することができる。また、ネット上で商品を選ぶときより落ち着き、しかもほかの商品ないし店を比べることができるので、その利便性が多くの人々に惹かれている。しかし、商品は映像の向こうにあるから、消費者が手で触ることができない、商品の品質を確認することができない。でも、それは大した問題ではない。中国多くの消費者は品物の品質に対してそれほどこだわることがなく、一円でも安ければそれでいいと考えているようだ。この消費心理は中国の電子商取引・Webサイトの発展に決定的な要因を与えた。つまり、ネット上で提供された商品が安ければ安いほど売れてい。このことは中国の製造業に打撃を与えていると言われてきた。
3 価格競争の圧力が製造業へ
馬氏は「だれでも商売ができる」と謳えて、消費者向け電子商取引のWebサイトを運営して、多くの出店の勧誘が成功してきた。ただ、消費者はネットショッピングの際、商品の値段のほか、店の信用度を参考にして購入するかどうか決定する。それは明らかに新規出店に対して不利であり、新規参入の壁となっている。アリババはさらに多くの新規出店を勧誘するため、Webサイトでお金で信用度を購入するという不正な行為も見て見ぬぶりをして、新しい参入者を呼び込んでいる。これにより、新規参入のハードルが低くなり、「だれでも」参入できるようになり、Tモールや淘宝網が多くの出店を勝ち取った。
しかし、出店者にしてみれば、それはパラダイスではない。Tモールと淘宝網のおかげで、商品の価格は非常に透明になっている。言い換えれば価格競争が非常に激しくなっている。Tモールに出店した店がダブル11の半額セールに強制的に参加させることがその典型だ。
以上のように、このルールなきルールと節度のない価格競争はアリババがもたらした問題だ。つまり、だれでも参入できる市場では、生き残るために一円でも安くするように価格競争をしなければならない。そのような価格競争はユーザーが歓迎するため、アリババは出店者に価格競争を奨励している、場合より強制的な規定もしている。そのような競争は競争相手が退場するまで演じられ続けるだけではなく、退場者が出れば、新規参入者が入ってくる、永遠に続けられるだろう。その結果として、だれも儲からなくなっていく。
数年前では、実際の店舗の需要が高く、店舗の家賃収入でも非常にいい商売となるので、中国の不動産デベロッパーが店舗用建物を売り惜しかがるが、最近では買い手がなかなか出てこない。急成長してきたネットショッピングが勢いが止まらなく、実店舗を構えて商売をやっていくことにあまりいい見通しがないので、店舗の需要も減ってきた。
2014年以降の中国の主要都市の店舗の平均家賃は軒並み下落していることが、実店舗の不人気状態を表している。
ソース:赢商網データーセンター
つまり、ネットショッピングの繁盛は実店舗のビジネスを圧迫している。そのため、多くの店は実店舗をやめて、Tモールなどのウェブサイトに出店することになっている。アリババのWebサイトの新規参入の勧誘政策により、新規参入者が後を絶たない。ただ、Webサイトでは激しい価格競争を強いられており、いくら商売繁盛でも利益が殆ど出なくなった。商売を継続するため、それらの店はより安い商品を仕入れなければならない。つまり、価格競争の圧力が製造業に押し寄せりる。
製造メーカーは小売店のより安い仕入価格の要求に対して拒否できない。なぜなら、アリババのWebサイトの売上高はすでに中国小売総額の10%前後になっており、そのシェアはさらに上昇する見込みである。ある製造メーカーはその安い仕入価格を拒否すれば、必ずほかのメーカーが出てきてその要求に応じる。つまり、安い仕入価格を拒否するメーカーは市場から締め出されていく。仮に製造メーカー自身がアリババに出店しても、激しい価格競争の状況は変わらない。
もし、製造メーカーが独創的な優れた商品を売り出せるなら、価格競争を逃れるが、多くの企業はそのような体力を持っていない。トヨタ自動車の場合、毎年下請け企業に商品の値引きを要求するが、同時に新製品の開発補助金も出す。それにより、下請け企業がよりよい商品を作り出すことができる。しかし、Tモールの出店者は製造業者に、より安い商品を求めるが、補助金を出して商品の品質にかかわる体力も持たない。製造メーカーは自力でより安価な商品を提供しなければならない。そのため、製造メーカーは次の悪循環に陥る:安い商品の提供で利益が薄くなっており、研究開発費が捻出できなくなる。開発費がなければより良い商品を開発・生産することができなくなる。独創的な商品を出せなければ、価格競争に走るしかない。結果として、より安い商品を提供するため、生産工程・材料などに手加減をして、商品の品質を落としていくしかなくなった。もちろん製造メーカーはそれで安泰なわけではなく、品質の悪い商品はいずれ市場から淘汰されていくだろう。
要するに、中国の消費者は、より安い商品を求めるニーズが高い。そのニーズがアリババのインターネットショッピングのWebサイトにより拡大され、価格競争の圧力が製造メーカーに押し寄せる。多くの中国製造メーカーはその圧力に圧倒されて、品質の悪い商品を争って製造し、最後は自分の首を絞める。そのため、アリババは中国の製造業を滅ぼすと言われた。
アリババの会長馬氏は、20年後にいまの電子商取引がなくなり、オンラインと物流融合する「新しい小売」が出てくると提唱した。しかし、それはあくまでもアリババサイドの話である。製造業がそこまで生き延びることがまず主要な条件だろう。