ワールド・レポートの開始にあたって
今、世界は構造的な変化を起こしている。イギリスのEU離脱、アメリカの大統領選挙でのトランプ氏当選による「アメリカ一国主義」のはじまり等、従来の思考枠組みでは考えられなかったことが始まっている。
その根底には1991年のソビエト崩壊、グローバリゼ―ションの進行、アメリカの地位の相対的低下、中国の大国化の進展など様々な要因がある。そこで国際環境整備機構の会員や協力者の各分野の専門家によるワールド・レポートの連載を開始することにした。
12月15日16日、ロシアのプーチン大統領が来日し安倍首相との首脳会談が行われた。この半年間ほどマスコミでは「北方領土問題の進展か」と鳴り物入りの報道がなされたていたが、表明的には何も進展せず経済協力だけの話に終わった。その後、マスコミでは何事もなかったかの取り扱いで、安倍首相のパールハーバー訪問が大きく報道されてきた。
北方領土問題とは何だったのか
第二次世界大戦末期の1944年2月、アメリカのルーズベルト、イギリスのチャーチル、ソビエトのスターリンがヤルタに集まり、ドイツ降伏後の対日戦にあたって、ルーズベルトはアメリカ兵の犠牲者を減らすためにソビエトの参戦を求め、その条件として当時日本の領土であつた千島をソビエトに併合させるとの提案を行いスターリンと合意し、チャーチルも認めた。そして8月9日ソビエト軍は満州に攻め入り関東軍を撃破すると同時に千島にも侵攻した。その時、ソビエト軍は北海道の一部である歯舞・色丹も占領し今日に至っている。
1951年、日本は連合国との戦争状態を終結させるサンフランシスコ平和条約を48ヶ国と締結し国会でも批准した(ソビエトは中国が呼ばれなかったことに抗議し、署名しなかった)。その中に千島の放棄が明記された。
その後1956年に日ソ共同宣言がなされ、国交回復、国連加盟承認ととともに、「平和条約が締結された場合には歯舞・色丹を返還する」ことが明記され、両国の国会で批准された。しかし対ソ冷戦に入っていたアメリカは、ダレス国務長官(外務大臣)が「日本がソビエトに占領されている国後・択捉の返還を求めないなら、アメリカが占領・統治している沖縄は日本に返還しない」との横車を入れ恫喝とした。そのため自民党政府は「国後・択捉は日本が放棄した千島には含まれない。四島の返還がなされないなら平和条約の締結には応じられない」と国際的に通用しない主張を行ってきたために、日ソ共同宣言以来60年間、何の進展もなかった。フーチン大統領が「歯舞・色丹の2島返還は両国の国会でも批准されたことであるが、国後・択捉は日ロが合意したあとから日本が言い出した、別の問題である」との主張を行っていることは国際的には分のある論である。
安倍首相は何を提案したのか。
安倍首相は「北方領土問題を解決した首相」となるために、この間、プーチン大統領と何回も交渉してきた。しかし「2島返還」合意では従来の自民党の方針と異なり支持層の支持が得られない。「4島返還」要求ではロシア側が拒否することは明確である。交渉の行き詰まりを打開するために、安倍首相は「相互の信頼の醸成が大切」「そのため4島での共同経済協力を開始しようではないか」と提案した。 それに対してロシア側は「経済協力は賛成。しかしロシアの領土上のことであり、ロシアの法律の適用の下に行われるべきである」と対応。これにたいして日本側は「共同経済協力のための新しい枠組みを作れないかの検討を開始しようと」提案し了承されたことになっているが、内容は不明であり、その進展の具体化は簡単な事とは思われない。
改めて明らかになったこと。
日ソ共同宣言に明記されている「平和条約が締結された場合には歯舞・色丹を返還する」とかかわつてプーチン大統領は「返還すると記されているが、条件などについては明記されていない。歯舞・色丹にアメリカ軍の基地などは設けないことが約束されなくてはならない」との発言を行っている。これはロシア側からすれば当然の主張であろう。
これが実行されれば、日本の領土・施政権が及ぶ地域に安保条約が適用されない地域が生まれることになる。それでは尖閣諸島はどうなるのか。アメリカは「尖閣諸島の帰属(領有権)については日中いずれの立場にも立たない」と中立を表明しているが、クリントン氏が国務長官時代「施政権は日本が行使しているので、中国がそれを犯す場合は、日米安保条約に基づいて日本の施政権維持のために行動する」と言明した。しかし人も住まない小さな島の領有権を巡って中国と軍事的対立を行う等はアメリカの望むことではない。日本が「歯舞・色丹については日米安保の適用外にする」と言い出せば、アメリカとすれば「それでは尖閣諸島もそうさせていただくと」と言う可能性が大きい。したがつて安倍首相としては、おいそれと「歯舞・色丹は日米安保条約の適用外とします」とは言えない。
結局のところ北方領土問題は日ロ間だけの問題を見ていては解けない問題で、極東における日・露・米・中国の関係を複眼的に見て方策を考えなければならない問題であることが改めて明らかになった。